AIの進化は止められるのか。人間が創作する意味を考える

少し体調を崩していて、ラジオの更新が空いてしまいました。今は大丈夫です。

その間にEmDashのサイトが完成し、今はドメインの切り替えを進めてもらっています。ただ、またAIの利用制限が来てしまいました。僕の使い方では、Astraはやっぱり30分ほどで上限になります。

できればProプランにしたいですが、まずはPlusプランでできるところまでやってみようと思っています。

そんなふうに日々AIを使う一方で、改めて考えているのが、AIの進化をどう制御するのか、そして人間が創作する意味はどこにあるのかということです。

AI開発にブレーキをかけても、競争は続く

前回のラジオでは、AIが人類を滅ぼす未来が10%の確率で来る、という話を取り上げました。

その後、AnthropicのCEOがAIの開発速度を引き下げるという話や、それにサム・アルトマンやイーロン・マスクも同意したという話を耳にしました。

僕はそこから、AIの進化があまりにも速く、どこかでブレーキを踏む必要があるという危機感が広がっているように感じています。国連でも調整が必要だという発言があったと聞いていて、そうした動きも意識されているのかもしれません。

ただ、ここで難しいと思うのが、一部の企業が開発を遅らせても、世界全体の足並みが揃うとは限らないことです。

例えば、AnthropicやOpenAI、さらにGoogleまで加わって「開発のスピードを少し落としましょう」と決めたとします。

それで世界中の企業も同じように動くかというと、そう簡単にはいかないですよね。

アメリカが減速すれば、中国が追い越すかもしれない

今は中国のAIもすごいと感じます。SeedanceやSeedreamなど、気になるものが次々に出てきています。

アメリカ側の企業が足並みを揃えて減速するなら、中国側が追い越そうとして開発を進める可能性だってあります。

資本主義の競争では、結局どれだけ高い性能を出せるかが問われます。大手企業がブレーキをかけても、世界全体で見たAIの進化速度は、あまり落ちないのではないかと僕は思っています。

開発を遅らせれば、競争相手に追い越されるかもしれない。一方で、人類にとって危険な未来も考えなければいけない。

2026年は、ある意味で人類にとって重要な局面なのかもしれません。

今後も新しいモデルは出てくるでしょう。その流れをどう制御するのか、考えていく必要があります。

使う側も、AIとの付き合い方を考える

開発する企業だけでなく、僕たちもAIの使い方を考えなければいけません。

この間、「面接にAIが来た」というニュースを見ました。もしリアルタイムで動画を生成していたのなら、かなり高度なことをしているのだと思います。

一方で、見ていて気づく部分もあるのではないか、少しおざなりではないか、とも感じました。

ただ、こういうことは今後もっと増えていくはずです。

動画を見て「なんだかAIっぽいけど、本当なのかな」と迷う場面も出てくるでしょう。

僕自身は普段からAIの画像や動画を見ているので、生成物の特徴や、どのモデルを使ったのかまでわかります。でも、誰もが同じように見分けられるわけではありません。

AIが作ったものと、人間が頑張って作ったもの。その境目は、どんどん曖昧になっていくと思います。

「この人の音楽を聴きたい」という理由

では、そうなったとき、人間に何が残るのでしょうか。

AIがものすごくいい曲を作れるなら、それで十分だと思う人もいるはずです。

それでも、人間が作る意味はあると思っています。

  • その人でなければ生み出せない音楽だから聴きたい
  • その人が持っているストーリーが面白いから聴きたい

そんな理由で選んでもらうことが、AIとの差別化につながっていくのではないでしょうか。

ある種のブランド化とも言えるかもしれません。

ただ曲を作るだけでなく、なぜ人間が作るのか、なぜ自分が作るのかという意味が、これまで以上に求められるのだと思います。

速さや量でかなわなくても、創作は続ける

ポン出しのスピードや量で勝負したら、人間はAIにかないません。

それを承知の上で創作し、さらに質のいいものを作っていく。それがクリエイターの仕事だと思っています。

AIと競うことも考えながら、自分たちもAIを使い、取り入れ、創作を発展させていく。

僕も、人間が作る意味を考えながら、AIと付き合っていきたいと思います。